欧州特許庁における
AI / ML関連特許出願時の留意事項

(Chris Price、2020年7月)

人工知能と機械学習(AI / ML)をテーマとする特許出願の数は急速に増加しています。2018年から2019年にかけて、欧州特許庁(EPO)はこの分野での特許出願全体で29%の増加を記録しました [1]。 この傾向は今後も続くことが予想されます。 この記事では、特許要件、ヨーロッパ特許が付与されるAI / MLの特許要素、およびAI / ML関連の特許明細書作成における考慮事項について説明いたしま す。

特許要件

EPOにおける特許要件の1つは、その発明が技術的問題に対する技術的解決策を提供しなければなら ないということです。

現在EPOは、2019年11月に発表されたEPO審査ガイドラインのこのセクションで説明されているとおり、AI / MLを数学的な方法として取り扱っています。すなわちニューラルネットワーク(NN)やK- means法のアルゴリズムなどのAI / MLのシステム自体は、通常「技術的」ではなく「抽象的」であるとみなされます。EPOがAI / MLシステムを含む発明の特許を付与するためには、その発明においてAI / MLシステムが、技術的効果を発揮する特定の方法によって適用もしくは実装されている必要があります。

そうすると次に「技術的」とは何かという疑問が生じます。EPOで「技術的」とみなされるものの一般的な定義はありません。その審査はケースバイケースで行われます。通常、技術的とみなされる実装の例には、次のようなものが挙げられます。

  • 外部デバイスの制御 例: 車のブレーキシステム
  • 物理的な量を示すデータの処理 例: 音声や画像の処理、または無線信号の処理
  • コンピュータを「より良く」起動させる処理 例:メモリ使用量を少なくする処理、または特定のコンピュータ・アーキテクチャでの実装により適した処理
  • セキュリティを向上させる処理(暗号化、復号化など)通常は技術的とはみなされない実装の例には、次のようなものがあります。
  • ビジネス手段または財務手段
  • アドミニ業務
  • ユーザーにとってより好ましい方法、または非技術的な任務でユーザーを支援する方法で情報表示すること
  • 人間の活動を管理すること 例: 教育手段

これらのリストは完全なものではなく、多くのグレーゾーンがあります。上述のとおり、審査はケースバイケースで行われます。特定事項についてのアドバイスが必要な場合は、弊所までお問い合わせください。

次に、特許を取得できるAI / MLシステムの、さまざまな要素について詳しく説明していきます。

AI / MLの特許要素

システムアーキテクチャ/アルゴリズム

ニューラルネットワーク(NN)のレイヤーの配置や接続などのように、特定な技術的目的に限定されることなく、AI / MLシステムやアルゴリズム自体の内部動作に対して付与される特許は、おそらくごく稀でしょう。このような特許は、技術的用途に関係なく、特殊な技術的効果が固有に現れることが示される場合に、例外的に付与されることがあるかもしれません。

AI / MLアルゴリズムを特定の技術的実装に結び付けることができ、さらにその実装でより効率的なメモリの使用や処理などといった技術的効果を発揮することが示されれば、特許を取得することも可能です。たとえば、AI / MLアルゴリズムのより効率的な処理につながる方法で、CPUとGPUの間でいくつかのステップに分かれている処理を定義することは、技術的効果を発揮すると判断されるかもしれません。

技術的な適用

例えば、ビデオデータのパターンを認識するためにAI / MLシステムを使用するなど、特定の問題へのAI / MLの適用に対し特許が付与されることがあります。 このような特許は、必ずしも特定のアルゴリズムを限定して保護するのではなく、さらに広範囲の内容を保護する場合があります。しかし、ある問題に対するAI / MLの使用を単に示すだけでなく、いくつかの具体的な手順をクレームで特定する必要があるかもしれません。

「問題Xを解決するためにトレーニング済みニューラルネットワークを使用する」というクレームは、技術的な効果に欠けるとみなされることがあり、いずれの結果にせよ、進歩性がないとみなされる可能性があります。

以下のようなステップを含むクレームは、認可される可能性が高くなります。

  • 「Aを示すデータを受信する。
  • トレーニング済みニューラルネットワークを使用してX機能を実行し、Bを示すデータを作成する。
  • Bを示すデータに対してトレーニング済みニューラルネットワークを使用してY機能を実行し、出力Cを作成する。」

もう一つのポイントは、人間の学習機能を一般的なAI / MLプロセスで置き換えるというようなクレームは、進歩性があるとは認められないことです

分類プロセス

AI / MLアルゴリズムは、画像をカテゴリーに分類するなど、分類目的でよく使用されます。このような分類は、その特定の適用内容によって、技術的効果を提供するとみなされる場合とみなされない場合があります。たとえば、支払い請求やマーケティング目的での顧客記録の分類など、純粋に「管理」の目的でデータを分類することは、技術的であるとはみなされにくいでしょう。しかし、画像のピクセル属性のような具象的な特徴に基づいてデータを分類することは、技術的な実装とみなされる可能性が非常に高くなります。同様に、自動運転車を制御する目的で画像を分類することは、技術的な適用とみなされる可能性があるでしょう。

繰り返しになりますが、審査はケースバイケースで行われます。

訓練過程

特定の技術的目的にかかわる訓練課程は、特許保護の対象となる場合があります。EPOガイドラインでは次のように述べられています。

Where a classification method serves a technical purpose, the steps of generating the training set and training the classifier may also contribute to the technical character of the invention if they support achieving that technical purpose.

(分類方法が技術的目的を果たす場合、訓練セットを生成するステップ、もしくは分類器を訓練するステップは、それらが技術的目的を達成するのをサポートするならば、その発明の技術的特徴に寄与する可能性がある。)

通常あまり見受けられませんが、特定の技術的な目的に関連しない新規訓練過程に対し、特許が付与されることがあります。これは、例えば訓練過程がよりスケーラブルな場合や、発明した新規訓練過程を実施することにより訓練セットが増加する場合など、そのAI / MLの技術的な目的にかかわらず確実に訓練課程が改善される場合に該当します。

AI / MLシステムに関連するデータ処理

データの事前処理、事後処理は特許保護ができる場合があります。例えば、以下のような例があります。

  • 複数の情報源からの入力データを組み合わせる処理
  • データをAI / MLシステムへの入力に適したものにするための処理 例:ニューラルネットワークへの入力に一貫したベクトルのサイズを作成する事前処理
  • AI / MLシステムから出力した後の技術的使用にデータを最適化するための事後処理 例:技術システムがAI / MLシステムの出力を解釈できるようにする事後処理

繰り返しとなりますが、通常、処理は技術的な目的に結び付ける必要があります。

データ収集技術

技術的パラメータを測定、または決定するための技術は、特許保護ができる場合があります。例えば 新しいハードウェアやセンサーの新しい組み合わせ、パラメーターを決定するための新しい処理技術などです。

出力データの表示

その効果が単にユーザーの見た目や読みやすさを改善することであるデータの表示方法は、通常、特許保護ができません。しかし、ユーザーインターフェイスの一部の要素は、特にデータ入力の改善を伴う場合に特許を取得することができます。

あまり一般的ではありませんが、状況によっては純粋に出力に関連する要素が特許を取得することもあります。 一例を挙げると、技術システムとの継続的な相互作用でユーザーをサポートする場合です。

特許明細書作成における考慮事項

ケースごとに審査されるため、特許出願の内容は出願案件の結果に大きな影響を与える可能性があります。上記のとおり、AI / MLの技術的な適用は、抽象的なアイデアよりも特許を取得できる可能性が高くなります。弊所では特に以下のことをお勧めいたします。

  • 技術的な目的を特許出願で説明する必要があります。 具体的な技術的メリットは何か、これはヨーロッパの特許出願にとって特に重要です。なぜならEPOは通常、特許出願から技術的効果が見いだせない場合、その技術的効果を認めないからです。
  • 発明には時に技術的な目的(例:具象的)と非技術的な目的(例:商業的、抽象的)があります。弊所では技術的な目的に焦点を置くことをお勧めいたします。 特許出願では、発明が技術的な目的を念頭に置いて行われたことを主張し、主な目的が非技術的であるという印象を与えないようにする必要があります。
  • 使用するニューラルネットワークの特定配置や、畳み込み層の数などの詳細を含むなど、少なくとも1つの実装の具象的な技術の詳細を説明に含めます。抽象的な機能のみを含むアプリケーションでは、EPOで問題が生じることがよくあります。
  • 特定の技術的な目的の「実例」を含めます。 場合によっては、実験結果も役に立つでしょう。
  • 特許出願では、明確に定義された技術用語を使用するように注意することが重要です。AI / MLは、多くの「流行語」やマーケティング用語を含む領域です。 これらは避けた方が良いでしょう。
  • トレーニング方法とトレーニングデータセットの具体的な例を含めます。そうしないと、開示不十分との拒絶理由が出る可能性があるからです。

1 https://www.epo.org/about-us/annual-reports-statistics/statistics/2019/digitalisation-triggers-patenting-growth.html

戻る